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高松高等裁判所 昭和59年(ネ)237号 判決 1985年11月19日

控訴人・附帯被控訴人 国

代理人 西口元 清末昭宏 ほか七名

被控訴人・附帯控訴人 川田義治

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求及び附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一申立て

一  控訴について

1  控訴人

主文同旨(ただし、附帯控訴棄却部分を除く。)

2  被控訴人

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。

二  附帯控訴について

1  被控訴人

(一) 原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、金一一九五万三六九〇円及びこれに対する昭和五五年四月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  控訴人

(一) 附帯控訴を棄却する。

(二) 附帯控訴費用は、被控訴人の負担とする。

第二主張

当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決事実摘示第二当事者の主張欄記載のとおりであるから、これらを引用する。

(被控訴人の附帯控訴の理由)

被控訴人は、本件事故によつて被控訴人が被つた損害(ただし、弁護士報酬を除く。)の合計額が原判決認定どおり四一二九万四七六一円であることは争わないが、損害賠償額の算定に当たつてしん酌される被控訴人の過失割合は、原判決の認定するような九割ではなく、いくら過大視しても七割五分を超えない。

そこで、被控訴人は、控訴人に対し、金四五二万九四七六円及びこれに対する昭和五五年四月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を命じた原判決を、附帯控訴により、前記損害額合計金四一二九万四七六一円より七割五分を減じた一〇三二万三六九〇円と弁護士報酬一六三万円(各支払ずみの着手金、一審二審各三〇万円合計六〇万円と成功報酬一〇三万円との総計)の合計金一一九五万三六九〇円及びこれに対する昭和五五年四月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を命じる判決に変更することを求める。

第三証拠 <略>

理由

一  事故の発生

この点について原判決理由一に説示するところは、当裁判所の認定判断と同一であるから、これを引用する。

二  控訴人の責任

1  右の点に関する原判決理由二の説示中、1、2の(一)及び(二)(ただし、三二枚目裏一二行目冒頭から三三枚目表八行目末尾までを除く。)は、次に補正するほか、当裁判所の認定判断と同一であるから、ここはこれを引用する。

(一)  原判決理由二の2中、「原告本人尋問の結果」を「原審における被控訴本人尋問の結果」に、「検証の結果」を「原審における検証の結果」に、「証人長崎稔の証言」を「原審証人長崎稔の証言」に改める。

(二)  原判決二六枚目表一二行目の「検証の結果」の前に「当審証人別府明美の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第八ないし第一三号証(もつとも、第八、第九号証、第一一号証及び第一二号証中の各写真が本件事故現場付近を撮影したものであることは、当事者間に争いがない。)、香川県高松南警察署に対する調査嘱託の結果、」を同枚目裏八行目の「東から」の前に「別紙図面(一)表示のとおり、」を加え、同九行目の「〇・七メートル」を「〇・九メートル」に改める。

(三)  原判決二七枚目表二行目の「施され、」の次に「別紙図面(二)表示のとおり、」を、同四行目の「外側線」の次に「(この部分は路側帯に含まれる。)」を、同枚目裏六行目の「縁石」の次に「(別紙図面(二)参照)」を加える。

(四)  原判決二八枚目表一〇行目の「西寄り」を「東寄り」に改め、同一二行目から同枚目裏一行目にかけての「鎖付きポール」の次に「(別紙図面(二)参照)」を、同枚目裏八行目の「部分」の次に「(別紙図面(一)表示の<1>の地点)」を加える。

(五)  原判決二九枚目表一行目の「スリツプ痕」の次に「(別紙図面(一)参照)」を加え、同一〇行目の「しかし」を「ただ」に改め、同一二行目の「本件道路の西側」の次に「(本件事故現場以南約五〇〇メートルの区間)」を加え、同枚目裏三行目の「改修して」を「改修し暗渠化して」に改め、同八行目の「本件側溝は」の次に「、別紙図面(三)表示のとおり、」を加える。

(六)  原判決三〇枚目表三行目の「乙第七号証の二、」の次に「乙第一一号証」を加え、同一一行目から一二行目にかけての「本件道路」を「本件道路の北行車線の路側帯寄り」に、同枚目裏一行目の「本件無蓋部分」を「本件無蓋部分直近の北行車線に表示された停止線」に改め、同二行目の「検証調書添付見取図(三)」の前に「別紙図面の」を加え、同七行目から八行目にかけての「原告は、右の地点につき」を「右の地点につき、被控訴人は、」に改める。

(七)  原判決三一枚目裏一行目の「本件無蓋部分より南側にある」を「前記」に、同四行目から五行目までの括弧内の記載を「別紙図面(四)の検証見取図(三)表示のとおり歩道縁石は西側にカーブしている。もつとも、同図面表示の歩道縁石の東側端は誤りで、別紙図面(五)に表示の位置にくるのが正しい。)」に、同五行目の「ブレーキを離して」から同一〇行目の「進行して」までを「ブレーキを離して路側帯の左寄りを進行しようとしたところ、本件鉄板製蓋の北側に接続して存する本件無蓋部分に気付き、あわててハンドルを確実に操作しないで急ブレーキをかけたため、本件自動二輪車を本件鉄板製蓋のうち最も北にある鉄板製蓋の南東端よりやや北寄りの路側帯上から右鉄板製蓋上に左斜めの方向にスリツプさせて」に改める。

(八)  原判決三二枚目表一一行目の「原告は」の前に「以上(1)ないし(3)のとおり認められる。」を加える。

2  ところで、国家賠償法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい、かかる瑕疵の有無については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものである。

これを本件についてみるに、<1>本件道路のように歩道・路側帯と車道の区別のある道路においては、本件自動二輪車等の車両は、道路外の施設又は場所に出入りするためやむを得ない場合や路側帯の中に入つて停車する場合等を除き、車道を通行しなければならないこと(道路交通法一七条一項)、<2>わが国現下の道路事情のもとでは、非市街地区域内はもとより市街地区域内の舗装道路でも、無蓋側溝や一部分だけ有蓋の側溝の存在は珍しいものではないから、極端に側溝寄りの路側帯を車両が通行する場合、その運転者は、当該側溝の上蓋の存否を注視し、運行上の安全を確認しながら通行すべきものであること、<3>本件事故当時、本件自動二輪車の道路前方の見とおしは良かつた(なお、この点は、前掲甲第一号証の一により認められる。)のであるから、被控訴人が前方注視義務を尽くしていれば、本件事故現場の無蓋側溝部分の発見はきわめて容易であつたと推認されること(原審で被控訴本人は、無蓋部分に草が生えていたためその発見がきわめて困難であつたように供述するが、前掲甲第一号証の三の番号5の写真など当裁判所が前記のとおり補正して引用する原判決の理由二2(一)において挙示する各証拠に照らし、信用できない。)、<4>被控訴人は、後方からの普通乗用自動車に気を取られ、前方注視を怠つて側溝寄りの路側帯を進行中本件無蓋部分の存在に気付くと同時にハンドルを確実に操作しないで急ブレーキをかけたため、本件自動二輪車を本件鉄板製蓋のうち最も北にある鉄板製蓋の南東端よりやや北寄りの路側帯上から右鉄板製蓋上に左斜めの方向にスリツプさせて右鉄板製蓋の北端中央付近から自車を本件無蓋部分に落輪させ、自車もろとも転落して受傷したものであつて、本件事故は、被控訴人の運転上の過失が直接の原因となつて生じたものであること、<5>なお、本件事故の発生まで本件無蓋側溝部分で本件のような転落事故が発生したことは一度もなかつたことにかんがみると、本件事故現場の側溝が一部無蓋のままにされ、同所に防護柵又は警告の標識を設置するなどして無蓋側溝に車両が転落するのを防止する格別の措置が講じられていなかつたことをもつて、本件道路の設置・管理に通常有すべき安全性を欠き、瑕疵があつたものということはできない。

三  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の本件請求は理由がないから、これを棄却すべきである。

よつて、原判決中右請求を認容した部分は失当であるから、これを取り消し、被控訴人の右請求及び附帯控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柳澤千昭 福家寛 渡邊貢)

図面(一)<省略>

図面(二)<省略>

別紙図面 (三)(四)(五) <略>

〔参考〕一審判決(高松地裁昭和五七年(ワ)第四五号 昭和五九年七月三一日判決)

主文

一 被告は、原告に対し、金四五二万九四七六円及びこれに対する昭和五五年四月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二 原告のその余の請求を棄却する。

三 訴訟費用は、これを七分し、その六を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四 この判決は、原告が金一五〇万円の担保を供するときは、第一項に限り、仮に執行することができる。

五 ただし、被告が原告に対し、金三〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、金三一一〇万円及びこれに対する昭和五五年四月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一 請求原因

1 事故の発生

(一) 第一次的主張

原告は、ミシン販売会社に販売外交員として勤務し、他方家業の農業にも従事していたものでもあるところ、昭和五五年四月二一日午前九時四五分ころ、自動二輪車(以下「本件自動二輪車」という。)に乗り、高松市勅使町五五九番地二先付近の国道三二号(以下同番地先付近の国道三二号を「本件道路」という。)を南から北に向かつて進行中、折から前方の国道一一号バイパスとの交差点(以下「本件交差点」という。)の信号が黄色となり、後方より大型トラツクが自車との距離を狭めつつ追尾進行して来るのを認めたので、これを避けて右信号手前にて停車しようとして、本件道路上を進行方向左側(西側)に転じ、本件道路西側に接着してこれと並行してほぼ南北方向に存する側溝(以下「本件側溝」という。)の鉄板製蓋上(以下「本件鉄板製蓋」という。)に進入し、これを南より北に本件交差点に向かつて進行し出したが、前方(北方)に突如該蓋が欠落し、側溝が無蓋となる部分(以下「本件無蓋部分」という。)が現出したため、自車を該側溝に落輪させ、自己も自車もろとも転倒した結果、頸髄損傷、四肢麻痺の重傷を負つた(以下「本件(一)の事故」という。)。

(二) 予備的主張

原告は、ミシン販売会社に販売外交員として勤務し、他方家業の農業にも従事していたものでもあるところ、昭和五五年四月二一日午前九時四五分ころ、本件自動二輪車に乗り、本件道路を南から北に向かつて進行中、折から本件交差点の信号が黄色となり、後方から大型トラツクが自車との距離を狭めつつ追尾進行して来るのを認めた。そこで、これを避けて右信号手前にて停車しようとして更に本件道路上を進行方向左側(西側)に転じつつ進行中、右トラツクが自車の右横をわずかの間隔をおいて通過し、なおも他の車両が自車を追つて進行して来るのを認めて、接触・追突等の事故による身の危険を感じ、前進して左前方の国道一一号バイパス南側歩道の歩道縁石沿いに進行すべく更に左方向に転じようとしたところ、眼前に突如本件無蓋部分が現出したため、自車を停車させようとしたが間に合わず、自車を該無蓋部分に落輪させ、自己も自車もろとも転倒した結果、頸髄損傷、四肢麻痺の重傷を負つた(以下「本件(二)の事故」という。)。

2 被告の責任

(一) 第一次的主張

(1) 本件道路及び本件側溝の維持・修繕その他の管理は被告の機関たる建設大臣が行つている。

(2) 本件(一)の事故現場付近においては、当時、前述のごとく、本件道路西側にこれと接着並行してほぼ南北方向に本件側溝が存していたが、右側溝は、本件鉄板製蓋及び同蓋の南端より南の部分はコンクリート製蓋によつて暗渠化され、更にコンクリート製蓋の上には土盛りがされて(以下「本件土盛部分」という。)、その表面は、本件道路の舗装面や西側に続いて存する民有地と同じ高さとなつており、更に本件土盛部分の北端と本件鉄板製蓋の南端も同一平面状に接続していた。その結果として、本件土盛部分及び本件鉄板製蓋上は、構造上、歩行者、自転車、バイクその他の車両によつて本件道路面とともにこれと一体的に使用されること(特に道路面が大型車両等により占有されてしまうような場合)が予想される状況となつていた。

また、本件鉄板製蓋は、付近住民により本件土盛部分の北端からこれに接続して北方に向けて載置されていたが、その長さは本件側溝の開渠部分を完全に被覆するには足りず、本件鉄板製蓋の北端に本件無蓋部分が存在していた。

(3) 以上のとおりであるので、通行の予想される歩行者、自動二輪車の運転者等が少しく注意を欠くと、本件側溝の南側土盛部分から本件側溝北側の鉄板製蓋部分へと、道路舗装面と同一平面の通行可能の区域が本件交差点まで連続しているかのような錯覚を持ち、本件土盛部分又は本件鉄板製蓋部分に進入し、そのまま直進して本件無蓋部分に転落するに至る危険があつたものであるが、右危険は本件土盛部分又は本件鉄板製蓋の北端に防護柵又は警告の標識を設置することにより未然に防止し得たものである。

(4) しかるに、被告が右措置をとらず漫然と無蓋のまま放置していたことは、本件道路及び側溝が通常備えるべき安全性を欠いていたものというべきであり、これらの設置又は管理に瑕疵があつたものである。

本件(一)の事故は、右の瑕疵に起因するものであるから、被告は、国家賠償法二条一項により、原告が本件事故により被つた後記損害を賠償する責任がある。

(二) 予備的主張

(1) 請求原因2(一)(1)、(2)と同じ(ただし、(2)の本件(一)の事故現場付近を本件(二)の事故現場付近と読み替える。)。

(2) 以上のとおりであるので、本件(二)の事故現場付近に北進してくることの予想される歩行者、自動二輪車の運転者等が少しく注意を欠くと、本件側溝の南側の本件土盛部分から本件側溝北側の本件鉄板製蓋部分へと連続する道路舗装面と同一平面の通行可能の区域が、更に本件鉄板製蓋部分から本件交差点まで連続しているかのような錯覚を持ち、本件無蓋部分に転落するに至る危険があつたものであるが、右危険は本件土盛部分又は本件鉄板製蓋の北端に防護柵又は警告の標識を設置すること等により未然に防止し得たものである。

(3) 請求原因2(一)(4)と同じ(ただし、本件(一)の事故を本件(二)の事故と読み替える。)。

3 原告の損害 金三一一〇万円

原告は本件(一)又は(二)の事故(以下この項においては上述の意味で「本件事故」という。)による受傷の後遺症として頸髄損傷による両上肢機能の著しい障害、両下肢機能の全廃の障害が残存し、身体障害者福祉法施行規則別表第五号の身体障害者障害程度等級表(以下、単に「身体障害者等級表」と略称する。)の一級に該当する旨認定された。右後遺症による損害は次のとおりである。

(1) 介護費用 金一二〇〇万円

原告は本件事故当時満五七歳であつたが、昭和五五年四月二二日以降前記後遺障害のため全余命期間(平均余命年数表(厚生省第一二回生命表)による五七歳男子の平均余命は一七・四〇年である。)について介護を要し、その費用支出を余儀なくされるに至つた。

3,000円(1日当り介護費用)×365×12.0769(平均余命17.40年に相当する新ホフマン係数)≒12,000,000円

(2) 後遺症による逸失利益 金二四〇〇万円

原告の労働能力喪失率は一〇〇パーセントであるところ、原告の逸失利益の算定に当たつては、昭和五三年度賃金センサス男子労働者「学歴計」の五五歳ないし五九歳の年間給与額を基準とし、これに原告の就労可能年数一〇年の新ホフマン係数七・九四四九を乗じて算出。

3,054,900円(年間収入)×7,9449(就労可能年数10年に相当する新ホフマン係数)≒24,000,000円

(3) 後遺症についての慰藉料 金二〇〇〇万円

原告の前記後遺症は自動車損害賠償保障法施行令二条別表の後遺障害等級表一級に該当するから、原告の被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては金二〇〇〇万円が相当である。

(4) なお、右(1)ないし(3)については、原告にも本件事故につき過失があるので、民法七二二条二項により五〇パーセント相当を過失相殺した額を請求する。したがつて原告の右(1)ないし(3)の損害についての請求額は合計金二八〇〇万円となる。

(5) 弁護士報酬 金三一〇万円

イ 着手金(支払ずみ) 金三〇万円

ロ 成功報酬(一審認容額の一割の約定)金二八〇万円

4 よつて、原告は被告に対し、右損害金合計三一一〇万円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五五年四月二二日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1(一) 請求原因1(一)の事実のうち、本件側溝の一部が無蓋であつたことは認めるが、前方(北方)に突如該蓋が欠落しとの点は否認し、その余の事実は不知。

(二) 同1(二)の事実のうち、本件側溝の一部に無蓋部分があつたことは認めるが、眼前に突如本件無蓋部分が現出しとの点は否認し、その余の事実は不知。

2(一)(1) 同2(一)(1)の事実は認める。

(2) 同2(一)(2)の事実のうち、本件(一)の事故発生当時の本件(一)の事故現場付近の状況について、本件道路の西側に側溝が存していたこと、右側溝上の一部に鉄板製蓋が、同蓋の南端から南の部分の一部にコンクリート製蓋がそれぞれ置かれ、右側溝の一部が暗渠化されていたこと、右鉄板製蓋の北端部分に側溝の無蓋部分があつたことは認め、右鉄板製蓋の載置者が付近住民であるとの点は不知、その余の事実は否認する。

(3) 同2(一)(3)及び(4)の各主張は争う。

(二)(1) 同2(二)(1)の事実に対する認否は、同2(一)(1)、(2)の事実に対する認否と同じ(ただし、同2(一)(2)の本件(一)の事故を本件(二)の事故と読み替える。)。

(2) 同2(二)(2)の主張は争う。

(3) 同2(二)(3)の主張に対する認否は、同2(一)(4)の主張に対する認否と同じ。

3 同3の事実はいずれも不知。

三 被告の主張

1 国家賠償法二条一項にいう公の営造物の設置又は管理に瑕疵があるとは、当該営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうと解されている(最高裁昭和四五年八月二〇日第一小法廷判決・民集二四巻九号一二六八ページ)ところ、本件の場合において、原告主張のように本件土盛部分又は本件鉄板製蓋の北端に自動二輪車の運転者の転倒を防止すべき防護柵又は警告の標識がなかつたことをもつて本件道路(側溝)の設置又は管理の瑕疵があつたというためには、当該道路(側溝)の構造、場所的条件、利用状況、現実に生起した事故の態様等の諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断した結果、防護柵又は警告の標識がないことの故に、通常予想される具体的危険に対処する上で欠けるところがあると認められる場合、すなわち、通常の利用方法でも場合によつては自動二輪車の運転者が側溝無蓋部分へ転倒し、事故発生の危険が相当程度あるとか、もし転倒した場合には運転者あるいは同乗者が死傷に至るおそれが高いため、防護柵又は警告の標識がなければ危険であると社会通念上認められる場合であることを要する(最高裁昭和五三年七月四日第三小法廷判決・民集三二巻五号八〇九ページ、甲府地裁昭和五四年四月二七日判決・判例時報九四五号九六ページ、東京高裁昭和五七年九月三〇日判決・判例時報一〇五八号六八ページ各参照)。

換言すれば、公の営造物である道路(側溝)は、あらゆる交通上の危険に対処し、これを防止し得る絶対的安全性を具備しなければならない必要はなく、道路(側溝)を利用する者の常識的な秩序ある利用方法を期待した相対的安全性を具備することをもつて足るというべきである(大阪高裁昭和五〇年九月二六日判決・道路法関係例規集一〇巻六五七七の三ページ及び最高裁昭和五一年六月二四日第一小法廷判決・同例規集一〇巻六五七七の一五ページ各参照)。

2 本件道路(側溝)の設置又は管理の瑕疵の存否について

原告主張のごとく本件土盛部分又は本件鉄板製蓋の北端に防護柵又は警告の標識が設置されていなかつたことが、国家賠償法二条一項にいう設置又は管理の瑕疵に当たるか否かを、諸般の事情に照らして具体的個別的に検討してみる。

(一) 本件道路(側溝)について

(1) 本件道路に関する認定及び指定等の経緯は次のとおりである。

イ 大正九年四月一日内務省告示第二八号により二三号国道に認定

ロ 昭和二七年一二月四日政令第四七七号により一級国道三二号に指定

ハ 昭和四〇年三月二九日政令第五八号により一般国道三二号に指定

ニ 昭和四四年一二月四日政令第二八〇号により従来の県道高松琴平豊浜線が国道に昇格したのに伴い一部経過地の変更

ホ 昭和四五年四月一日政令第五二号により国の直轄管理区間に指定(道路法一三条一項)、現在に至る。

(2) 本件道路(側溝)の管理者は、建設大臣から委任を受けた四国地方建設局長であるが、その維持管理は、四国地方建設局香川工事事務所高松国道維持出張所(以下「高松国道維持出張所」という。)が行つている。

(3) 当時、本件事故現場付近は、南北に通じる国道で、東から歩道、二車線の車道(幅員六・四メートル)、路側帯(幅員〇・九メートル)及び本件側溝となつていた。

そして、歩道及び車道部分にはアスフアルト舗装が施され、車道北行き車線の西端には、幅〇・一五メートルの白色実線によつて車道と路側帯を画する車道外側線が、また、本件側溝の無蓋部分の南東の北行き車線上には、幅〇・四五メートルの白色実線の停止線がそれぞれ表示されていた。

(4)イ 側溝等の排水施設については道路法三〇条、道路構造令二六条に規定されており、道路構造令二六条は「道路には、排水のため必要がある場合においては、側溝、街渠、集水ますその他の適当な排水施設を設けるものとする。」旨規定している。したがつて、側溝は、路面排水等の道路排水を目的として設置されるものであるから、排水機能の効率化を図るため無蓋で設置されるのが通例であり、ただ例外的に、民地から道路への車両等の出入りの便宜及び市街地や交通量の多い道路における歩行者の安全を考え、有蓋にする場合がある。そしてこのような場合緊急性の高い箇所から逐次蓋の取付けを行つている。

ロ 本件側溝は、南から北へ順次、約一九メートルの素堀り無蓋区間、約一六メートルのコンクリート製蓋に土砂盛りされた本件土盛部分、約五メートルの本件鉄板製蓋の区間、そして本件道路が交差する一般国道一一号バイパスの歩道縁石と本件鉄板製蓋との間の本件無蓋部分となつていた。

ハ 本件側溝上の前記コンクリート製蓋は、被告が従前の道路管理者である香川県知事から前記2(一)(1)ホにより本件道路の管理を引継いだ昭和四五年四月一日時点において、車両乗入れのため既に設置されていたものである。また、本件鉄板製蓋は、昭和五二年七月一二日付けで本件道路と交差している一般国道一一号バイパス側の歩道切下げ工事の承認申請が被告に対してなされ、同申請に対する現地調査を実施した際に発見されたもので、設置の主体及び時期は不明であるが、遅くとも昭和五二年七月には本件側溝上に置かれていたものである。

(5) 本件無蓋部分について

イ 本件道路の車道外側線西端から本件側溝東端までの間隔は約〇・七メートルであり、また、本件側溝及び本件無蓋部分の幅員は約〇・五メートルであつた。そして、本件無蓋部分の長さは約一メートルであり、その深さは、およそジユース缶を立てた程度であつた。

なお、被告は、本件事故が発生した後である昭和五五年七月二一日から同年八月二五日までを工期として、約四〇メートルにわたつて側溝修理工事(工事名は昭和五五年度高松第三維持工事)を施行したが、右工事は本件事故が発生したことにより行つたものではない。

ロ ところで、本件無蓋部分の北には、本件道路と交差する一般国道一一号バイパスの南側歩道の南壁(側溝壁)及び縁石が本件道路面及び本件鉄板製蓋面より一段高く存在していた。また、本件無蓋部分を北方に延長した右歩道上の地点には信号柱(南面に映画の広告板がかけられていた。)が存在していた。

ハ また、本件無蓋部分及び本件鉄板製蓋の西側には、本件側溝に接して鎖付きポールによつて出入りを禁止されていた駐車場があつた。

ニ 更に、本件道路の見通しがよい上、本件無蓋部分は、これをさえぎるものはなく、相当手前からでも容易に発見できる状態であつた。

ホ 以上のとおり、本件事故当時、本件無蓋部分の北方及び西方に物理的に北進不可能な障害物(縁石、信号柱及び鎖付きポール)が存在し、これらの障害物は、相当手前からでも容易に発見し得る状況にあつたものである。

(二) 利用状況について

本件事故当時、高松国道維持出張所長であつた長崎稔(以下「長崎」という。)は、本件事故以前に本件側溝上を自動車とか自動二輪車が走行していたことは知らなかつたこと、また、本件事故発生前において本件道路を買物等のために自動二輪車で何回か通行したことのある原告も、本件鉄板製蓋の上を通行したのは本件事故のときが初めてであつて、それまで本件事故現場付近を通つていても本件鉄板製蓋上を走行しなければ危いと思うようなことはなかつたこと、更に、本件事故前に、本件無蓋部分が危険であるという付近住民の苦情はなかつたこと及び前記(一)の本件道路及び側溝の状況(特に、十分な幅員のある路側帯があること、本件鉄板製蓋上を北進することが前記障害物により物理的に不可能なこと)等を総合すると、本件事故発生前においては本件側溝(本件鉄板製蓋)上を北進する車両はなかつたものと認められ、したがつて、当然のことながら、本件事故現場において、本件事故前に本件事故と同様の事故が発生したことはなかつた。

(三) 本件事故の態様について

(1)イ 本件事故発生時刻は午前九時四五分ころであり、天候は晴で、原告運転車両方向からの見通しは、前方、後方、右方、左方とも良く、視界は極めて良好であつた。

ロ 原告は、本件事故現場からそれほど離れていない高松市中間町に居住し、本件事故発生日までに、本件事故現場を何回か通つたことがある。

ハ 本件事故当時、原告運転車両の前方の信号は、黄色であつた。

ニ 原告運転の自動二輪車の損傷は、前輪泥除擦過・前輪タイヤ擦過がある程度にすぎず、本来、転倒などの際に最も破壊されやすいと考えられるプラスチツク製のフロント・フエンダー及びレツグ・シールドに全く破損はなく、他にも損傷部分はなかつた。

ホ 原告は、後方より大型トラツクが自車との距離を狭めつつ追尾進行して来るのを認めた旨主張するが、真実は、自動二輪車を運転走行中、後方の普通乗用車に気をとられ、溝の中に転倒したものとみるのが相当である。

ヘ 本件事故により本件道路西側の路側帯上から本件鉄板製蓋北東端にかけてスリツプ痕が生じ、原告運転の自動二輪車の前輪右側面に擦過痕が残つている。

(2) 以上の事実によれば、本件事故発生状況は次のとおりであると考えられる。

原告の請求原因1(一)主張の走行方法は、前記(1)のヘのスリツプ痕からして認められない。右スリツプ痕から判断すると、原告は、本件道路西側の路側帯付近(それも車道外側線付近)を北進中、急に左へハンドルをきつて本件無蓋部分へ転倒したものと考えられる。したがつて、原告は、ハンドル操作を誤るなどして左に急ハンドルを切つたために、バランスを失い、そのためあわててブレーキをかけたが間に合わず、本件自動二輪車とともに本件無蓋部分へ転倒したものと考えるのが相当である。その結果、原告運転車両の前輪右側面に擦過痕が残つたのである。

次に、原告の請求原因1(二)の主張については、前記本件道路及び側溝の状況のとおり、本件無蓋部分は、一般国道一一号バイパスの南側歩道の縁石の東側に沿つて存在するのではなくその南側にあるのであるから、右歩道縁石沿いに北進したとしても本件無蓋部分へ進入して転倒することは考えられないのであつて、原告の右主張は失当というべきである。

(四) 本件事故発生の予測可能性について

以上の具体的個別的諸事情の下で、本件事故の発生が道路管理者において通常予測できたか否かについて検討する。

道路交通法一七条一項によつて、本件側溝上は自動車(自動二輪車を含む。)等の通行が禁止されているほか、前記のとおり、本件事故発生前においては本件側溝(本件鉄板製蓋)上を北進する車両はなく、また、本件事故と同種の事故はそれまで発生しておらず、更に、付近住民からもそれまで本件無蓋部分が交通の上で危険であるとの苦情もなかつた。以上に加えて、本件道路は、〇・九メートルもの十分な幅員のある路側帯を有する平坦な見通しのよい舗装道路であつて、本件無蓋部分の北方及び西方には、これに接して前記のとおり本件道路面より一段高い縁石、信号柱及び鎖付きポールという、かなりの距離からでもその存在が確認できる障害物があつたのであるから、自動二輪車を運転して本件道路を通行する者が、安全運転のために当然払うべき通常の注意義務を怠らない限り、本件無蓋部分へ転倒することはまず考えられないところというべきである。そうすると、前記の諸事情からみて、本件事故は、原告においてハンドルを確実に把握操作し、無理な運転を見合わせるべきであつたのにもかかわらず、これを怠り、停止線で停止することや隣接する駐車場へ避難することなく、黄信号にもかかわらずそのまま北進して急に左へハンドルを切つた結果、本件無蓋部分へ転倒したものであつて、通常では予測できない稀有な事故というほかはない。

以上のとおり、道路管理者としては、本件事故のごとく、前方に容易に発見できる障害物があるにもかかわらず、本件側溝(本件鉄板製蓋)上を北進しようとして自動二輪車が本件無蓋部分へ転倒するということは、通常予想し得るところではなかつたものというべきである。

また、前記2の(一)のとおり、本件無蓋部分の構造、場所的状況からしても、本件土盛部分又は本件鉄板製蓋の北端に防護柵又は警告の標識がなければ、道路交通上死傷に至る事故の発生する危険性が高いとは、社会通念上認められない。

ちなみに、道路管理者が設置すべき道路標識は、「道路標識、区画線及び道路標示に関する命令」(昭和三五年一二月一七日総理府建設省令第三号)四条に定められているが、それらのうちには「側溝が無蓋であることを教示する」道路標識なるものはないのである。また、防護柵の主たる設置目的は、車両が道路外に逸脱することによつて発生する事故の被害を極力減少させることであるが、他方では、防護柵に衝突することによつてより大きな被害が発生するおそれもあり(防護柵に衝突・転倒したために後続車両に轢過される等)、設置にあたつては、道路の条件あるいは状況を総合的に検討しなければならない。ところが、本件事故現場にあつては、以上述べてきたとおりの状況であるので、本件土盛部分又は本件鉄板製蓋の北端に防護柵又は警告の標識を設けなければ道路交通上の危険発生の蓋然性が高度であるとはいえないばかりか、設置によりかえつて危険を招く状況であつたことが容易に看取し得るのである。

以上検討した結果によれば、本件土盛部分又は本件鉄板製蓋の北端に防護柵又は警告の標識がなかつたことをもつて、本件道路(側溝)の設置又は管理に瑕疵があつたものとはいえないというべきである。

3 前掲最高裁昭和五三年七月四日第三小法廷判決の判示のとおり、公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたとみられるかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものであることは言をまたないところであり、また、およそ社会における施設は、異なつた立場における注意すべき者の守備領域の分担において、その効用を全うしているといつてよいのであつて、その守備領域には相覆う部分はあるとしても、これを一方の全面的守備範囲に押しつけることによつては十分に機能し得ないといわなければならない。通常予想されない異常な行動に出た結果生じた事故に対してまで、施設に瑕疵があるものとしてこれを施設設置者の責任に帰すべきものではないというべきである(大阪高裁昭和五二年一〇月二四日判決・高裁民集三〇巻四号三九三ページ)。

以上の見地から本件事故を考察するならば、本件事故の発生は、本件道路(側溝)の設置又は管理の瑕疵に起因するものではなく、管理者が通常予想できない原告の異常な行動に起因したものであつて、防護柵又は警告の標識の不設置とは何ら相当因果関係のないものである。

四 被告の主張に対する原告の反論

1 被告は、あたかも原告が「本件土盛部分又は本件鉄板製蓋の北端に自動二輪車運転者の転倒を防止すべき防護柵又は警告の標識がなかつたこと」のみをもつて本件道路の設置又は管理の瑕疵があると主張しているかのように述べるが、失当である。

原告は、直接的には、本件事故現場の状況が北進して来ることの予想される歩行者、自動二輪車の運転者等が少しく注意を欠くと、側溝の南側土盛部分から側溝の北側の鉄板製蓋部分へと連続する道路舗装面と同一平面の通行可能の区域が、更に本件鉄板製蓋部分から本件交差点まで連続しているかのような錯覚を持ち、本件無蓋部分に転落するに至る危険があつたことをもつて本件道路の設置又は管理の瑕疵ありとするものであり、前出の防護柵又は警告の標識の設置も右危険防止の一つの方法として述べているものにすぎない。

被告は、法令上「側溝が無蓋であることを教示する」道路標識がないから、前記防護柵等の設置は考えられない旨主張するが、法令上の根拠があろうとなかろうと、状況を具体的個別的に判断して、危険防止上その必要性があればこれを設置すべきことはもちろんである。

もし、仮に、右防護柵等の設置が事実上、法律上問題があるのであれば被告は、本件鉄板製蓋を撤去せしめて無蓋部分の区間を長くして通行者に対しその存在をはつきりさせることにより、通行者等が前記の錯覚を起こすことを容易に防止でき、もつて前記転落の危険を消滅させることができたものであるから、この点において、被告の本件道路に関する設置又は管理の瑕疵が認められることは明らかである。被告も、遅くとも昭和五二年七月には右鉄板製蓋が被告に無断で存置されているのを認識しながら、本件事故時までこれを放置して来たことを自認している。

2 被告は、本件無蓋部分の北方及び西方に物理的に北進不可能な障害物(縁石、信号柱及び鎖付きポール)が存在していたので、本件鉄板製蓋上を北進することが物理的に不可能であつた旨主張するが、失当である(なお、本件無蓋部分の西方に存在する右鎖付きポールは北進の物理的障害とはならないことは自明である。)。けだし、本件事故現場付近の状況に照らせば、歩道縁石及び信号柱が本件鉄板製蓋の中心線の北方には存せず、むしろ本件鉄板製蓋の西端部分の北方に存し、したがつて本件鉄板製蓋上を北進して右歩道縁石沿いを通過することは可能である。

3 被告は、更に、本件道路の見通しがよく、本件無蓋部分の北方及び西方に、これに接して歩道縁石、信号柱及び鎖付きポールという障害物があつたので、本件無蓋部分は相当手前からでも容易に発見できたはずである旨主張する。

被告は北方及び西方の障害物が存するからその手前で進行を阻まれ、本件無蓋部分を容易に発見するに至るであろうと主張したいのであろうが、西方の障害物が北進と無関係なことは前述のとおりであり、また縁石及び信号柱の位置関係も北進を妨げるものではないことは前述のとおりである。

また、本件道路の見通しがよいから、本件無蓋部分の発見が容易であるという主張も失当である。すなわち、北進して来る自動二輪車の運転者が北方を見通す場合、かなりの近距離に至らなければ本件無蓋部分の発見は困難であり、しかも、本件の場合においては、原告は無蓋部分よりかなり南方において無蓋部分なきものと信じて進行し始めた事情もあり、この点からしても発見の困難性は倍加したものと考えられる。更に、本件事故当時における本件無蓋部分は土砂、空缶、ごみ等により底が浅くなつており、その内部の西方及び北方には雑草が生え、雑草地帯はその外部西側の民有地にまで連続しているような状況であつたので、ますます本件無蓋部分の存在を発見しにくくする状況にあつたものと考えられる。

4 被告は、道路交通法一七条一項により本件側溝上は自動二輪車を含む自動車等の通行が禁止されているほか、付近住民からもそれまで本件無蓋部分が交通の上で危険であるとの苦情はなく、しかも本件道路は、〇・九メートルもの幅員の路側帯を有するものであるから、通常自動二輪車等が本件鉄板製蓋上を通行することは考えられないかのように主張するが失当である。

本件道路の事故現場付近は、道路幅一ぱいに車両が通行するため、通行に危険を感じた付近住民より側溝に蓋をしてこれを歩道化するようにとの強い要請が出ていた箇所であつて、単に形式的に前出路側帯が存していたとの一事でもつて右危険が解消されていたわけではない。

また、道路交通法上の規制もかかる具体的個別的な状況の下において、特に交通の弱者たる二輪車等に対しては、その遵守を要求することが期待できない場合があることは否定できない。

本件の場合、原告は事故直前において、後方より道路の車両通行帯をほぼ全面的に占有して大型トラツクが自車を急追してくるのを認めて、身に危険を感じ、左方(西側)側溝上に移動したのであり、まさに、その恐怖感は付近住民が日常感じていた危機感と同質のものであり、原告と同じ立場に置かれた者が、原告と同じ行動に出るであろうことは、このことからしても容易に推量できる。

以上要するに、原告が自己運転の本件自動二輪車を本件側溝上に進めたことは、当時の具体的状況から判断すれば、きわめて通常の行動様式と評価すべく、この点について何ら異常性は認められない。

第三証拠 <略>

理由

一 事故の発生

<証拠略>を総合すれば、原告が昭和五五年四月二一日午前九時四五分ころ、高松市勅使町五五九番地二先付近の本件道路を南から北に向かつて本件自動二輪車を運転走行中、本件道路の西側に存する本件側溝の北端の本件無蓋部分に自車を落輪させ、自車もろとも転落したこと(以下「本件事故」という。)、原告は本件事故によつて頸髄損傷、四肢麻痺の傷害を負い、昭和五五年四月二一日から昭和五七年四月一一日まで高松市民病院に入院して治療を受けた結果、頸髄損傷による両上肢機能の著しい障害、両下肢機能の全廃の後遺症を残して症状が固定し、常時介護を要する状態(身体障害者等級一級該当)となつたことが認められ、右認定を左右する証拠はない(本件事故当時、現場付近の道路の西側に本件側溝が存し、右側溝の北端部分が無蓋であつたことは、当事者間に争いがない。)。

二 被告の責任

1 本件道路及び側溝が被告の機関たる建設大臣の管理する公の営造物であることは、当事者間に争いがない。

2 そこで、本件事故が被告の本件道路及び側溝の設置又は管理の瑕疵によつて発生したか否かにつき検討する。

(一) <証拠略>を総合すれば、本件事故現場の状況として次の事実が認められる。

(1) 本件事故現場は、高松市中新町から高知市元町に至る国道三二号が徳島市から高松市を経由して松山市に至る国道一一号バイパスと交差する高松市勅使町五五九番地二先道路である。

(2) 本件事故当時、本件事故現場付近の本件道路は、南北に通じる交通量頻繁な国道で、平坦かつ見通しはよく、東から順次歩道、二車線の車道(幅員約六・四メートル)及び路側帯(幅員約〇・七メートル)となつており、更に本件道路の西側には右路側帯に接着並行してほぼ南北方向に存する本件側溝と飲食店「さぬき麺業」の敷地兼駐車場が順次続いていた。

本件道路の歩道及び車道部分にはアスフアルト舗装が施され、車道北行車線の西端には、幅約〇・一五メートルの白色実線によつて車道と路側帯を画する車道外側線が、本件交差点の南側にある横断歩道より約二メートル南の本件道路北行車線上には、幅約〇・四五メートルの白色実線の停止線がそれぞれ表示されていた。右停止線の南端は本件無蓋部分より南方の位置に表示されていた。

(3) 本件側溝は、幅員約〇・五メートルで、その北端から南へ順次長さ約一メートルの本件無蓋部分(深さは必ずしも明らかではないが、中に土砂、空缶及びごみ等が堆積しており本来の深さより浅くなつていた。)、長さ約五メートルの本件鉄板製蓋が載置されている区間、長さ約一六メートルのコンクリート製蓋に土砂盛りされた状態の区間及び長さ約一九メートルの素堀無蓋区間とが連続していた。そして、本件無蓋部分の北側には、本件道路と交差する国道一一号バイパス南側歩道の縁石があり、右縁石は西側にカーブしていた(なお、右歩道上には南面に映画の広告板のかかつている信号柱が立つていた。)。

なお、本件側溝上の前記コンクリート製蓋は、被告が従前の道路管理者である香川県知事から本件道路の管理を引継いだ昭和四五年四月一日時点において既に設置されていたものである。また、本件鉄板製蓋は、設置の主体及び時期は不明であるが、遅くとも昭和五二年七月には本件側溝上に置かれていたものである。

(4) 本件道路舗装面、本件土盛部分、本件鉄板製蓋が載置されている区間及び西側民有地の地面の各高さは、多少の高低はあつたもののほぼ同様の高さで連続しており、また、本件土盛部分の北端と本件鉄板製蓋の南端もほぼその高さ及び幅において一致する状況で接続していたが、右歩道縁石は、本件道路面や鉄板製蓋面より一段高く、かつその東端は本件無蓋部分の南北方向の中心線よりやや西寄りに位置していた。

また、本件無蓋部分及びその南側の本件鉄板製蓋の載置されている区間と西側民有地との境には鎖付きポールが立つていて民有地内に出入りできない状態になつており、かつ、右境付近の民有地内の雑草が本件鉄板製蓋上(北から二枚目位までの範囲)にせり出すような形で生えていたが、本件無蓋部分には防護柵、警告の標識等転落防止設備はなんら設置されていなかつた。

(5) 本件事故直後、原告運転の自動二輪車は、本件無蓋部分に落輪して停車しており、その損傷は、前輪泥除擦過、前輪タイヤ擦過というものであつた。そして、本件事故により、本件鉄板製蓋のうち最も北にある鉄板製蓋の南東端よりやや北寄りの路側帯上から右鉄板製蓋の北端中央付近にかけて斜め(北西方向)に本件自動二輪車のスリツプ痕がついていた。

(6) 本件道路及び側溝の管理者は、建設大臣から委任を受けた四国地方建設局長であるが、その維持管理は、高松国道維持出張所が行つていたところ、昭和五二年四月一日に同出張所長に就任した長崎は、本件事故発生前に本件事故現場付近において本件と同様の事故が発生したという報告を受けたことはなく、また付近住民から同人のもとに本件無蓋部分が危険であるという苦情を寄せられたこともなかつた。

しかし、昭和五四年度に付近住民から高松国道維持出張所に対し、歩行者の安全確保のため本件事故現場付近の本件道路の西側に歩道を設置するよう要望があつたので、同出張所において調査したところ、歩道設置のための用地取得が困難であることが判明した。そこで、当時通水能力の悪かつた本件側溝を改修して歩行者が通行できるような計画を立て、昭和五五年度の予算で昭和五五年七月二一日から同年八月二五日までの工期(完了は同年八月二四日)で側溝修理(長さ四〇・五メートル)をした(工事名昭和五五年度高松第三維持工事)。その結果、現在、本件側溝はコンクリート製蓋で覆われて暗渠化しており、右コンクリート製蓋北端に連続して格子状の鉄板製蓋板が置かれて無蓋部分はなくなつている(ただし、本件側溝の北端部分の西側には開渠の側溝があり、右両者はつながつている。)。

(二) 前記一、二1及び2(一)認定の諸事実に、<証拠略>を総合すれば、本件事故の発生状況として次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和五五年四月二一日朝、買物に行くため本件自動二輪車を運転して肩書住所地を出発し、高松市円座町付近から国道三二号に入り、同日午前九時四五分ころ、高松市勅使町五五九番地二先付近である本件道路を時速約三〇キロメートルで南から北に向かつて進行し、本件無蓋部分の手前約一〇メートルの地点(検証調書添付見取図(三)―以下「検証見取図(三)」という。―表示の<1>点)付近に差し掛かつた際、前方の本件交差点内にある歩道橋上に設置してある信号機の表示が青色から黄色に変わつたのでブレーキを掛けると同時位に、後方から普通乗用自動車が自車との距離を狭めつつ進行してくるのをバツクミラーで認めた(原告は、右の地点につき検証見取図(三)表示の<1>点付近ではなくA点よりやや南の地点であつたという供述もしており、その供述は一貫していないが、後記認定のとおり、後方から進行してきた普通乗用自動車が信号機の表示が黄色に変わつた後に本件交差点を通過していること、原告は信号機の表示が変わり、かつ、後方の普通乗用自動車の接近を認めた地点からブレーキを掛けながら左斜めに進行し、本件鉄板製蓋のうち最南端付近から鉄板製蓋上に入つた旨供述していることなどからすれば、本件交差点に比較的近い地点でしかも本件鉄板製蓋のうち最も南にある鉄板製蓋の手前(南)の地点すなわち検証見取図(三)表示の<1>点付近と推認するのが相当である。)。

(2) このため原告は、普通乗用自動車との接触をおそれて不安感を覚え、これを回避すべくバツクミラーで後方を注視しながら時速約二〇キロメートルに減速して自車進行方向の左斜め前方に進行して路側帯に入り、更に本件無蓋部分より南側にある北行車線の停止線を越えて北に進行し左前方の国道一一号バイパス南側歩道の歩道縁石沿いに進行できるものと信じて進行して左に寄つて停止すべく(前記認定のとおり歩道縁石は西側にカーブしている。)、ブレーキを離して左に寄り進行中、本件鉄板製蓋の北側に接続して存する本件無蓋部分の存在に気付きブレーキを掛けたが間に合わず、本件鉄板製蓋のうち最も北にある鉄板製蓋の南東端よりやや北寄りの路側帯上から右鉄板製蓋上に左斜めの方向に進行して右鉄板製蓋の北端中央付近から自車を本件無蓋部分に落輪させ、自車もろとも転落した結果前記の傷害を負つた。

一方、前記普通乗用自動車は原告運転の本件自動二輪車に追付き並進した後、停止線の直前付近でこれを追い越し本件交差点を通過した。

(3) なお、原告は、後記三2認定のごとく、以前勤務していた高松ブラザーミシン販売会社の販売外交員をしていた際に、集金の仕事や買物等で本件事故現場付近を何回か通つたことがあつたが、本件事故のときのように、自動車との接触をおそれてこれを回避すべく本件鉄板製蓋上を進行したことはなく、また本件無蓋部分の存在にも気付いていなかつた。

原告は後方から追尾進行してきたのは大型トラツクであつた旨主張し、その旨供述するが、<証拠略>によれば、「後方の普通自動車に気をとられ溝の中に転倒、意識明瞭」との記載があることが認められ、右記載は本件事故直後になされていることに鑑みれば、原告の右供述はにわかに措信し難い。また、原告は、本件事故発生の状況として請求原因1(一)記載のごとく主張し、それに副う供述すなわち「本件鉄板製蓋の南端付近から鉄板製蓋の上に乗つて北進したところ、本件無蓋部分に転落した。」旨の供述をするが、前記2(一)(5)認定のスリツプ痕に照らし、右供述はにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

なお、被告は本件無蓋部分の北側にある歩道縁石の東端は、本件無蓋部分の東端の線とほぼ同じか東側に位置するから、右歩道縁石沿いに北進しようとして本件無蓋部分に転落することはありえない旨主張する。しかしながら、前記2(一)(4)認定のとおり歩道縁石の東端は、本件無蓋部分の中心線よりやや西寄りに位置しているのであるから、歩道縁石沿いに進行しようとして本件無蓋部分に転落する可能性は十分考えられるところであつて、被告の右主張は採用し難い。

(三) 以上認定の事実に基づき考察するに、本件事故現場付近の交通量は頻繁であるところ、本件道路の車道幅員は四メートルで、これがセンターラインにより二車線に区分されているのであるから、自動車とりわけ車幅の広い大型がかなりの速度(<証拠略>によれば本件事故現場付近の制限時速は四〇キロメートルであることが認められる。)で直近を通過していく場合、速度を落として道路の左側に寄つて通行する自動二輪車の運転者はかなりの不安感、恐怖感を覚え、本件道路の路側帯ないしはより安全を求めて更に西側の本件鉄板製蓋上を通行する結果となることは十分予測しうる事態であること(現に、本件事故発生前に付近住民から歩行者の安全確保のため本件道路の西側に歩道設置の要望が出ていたことは前記のとおりであるが、自らもかなりの速度で通行する自動二輪車の運転者は、歩行者よりなお一層の危険を感じるものと推認される。)、本件無蓋部分の長さは約一メートルで西側の民有地から雑草が本件鉄板製蓋上(北から二枚目位までの範囲)にせり出すような形で生えており、しかも本件無蓋部分の手前は南から順に長さ約一六メートルの本件土盛部分及び長さ約五メートルの本件鉄板製蓋の区間が前記歩道縁石まで続いているものと誤信しても無理からぬ状況にあつたものといわざるをえず、その結果、本件無蓋部分がないものと判断して直進する自動二輪車の運転者等が本件無蓋部分に転落して死傷する危険性を本件道路及び側溝は内包していたことが認められる。

これに対し、被告は、被告の主張2の(四)掲記の理由により本件道路及び側溝の設置又は管理に瑕疵があつたものとはいえない旨主張するので、以下検討する。

被告は、まず道路交通法一七条一項によつて、路側帯及び側溝上は自動車(自動二輪車を含む。)等の通行が禁止されている旨主張する。

なるほど、側溝は本来路面の排水を目的として設置されているもので(道路法三〇条、道路構造令二六条)、自動車等の通行のために供されているものではないし、道路交通法一七条一項によれば、車両は、本件道路のように歩道又は路側帯と車道の区別のある道路においては、原則として車道を通行しなければならない旨規定されているところではある。しかしながら、前記説示のごとく本件事故現場付近において、自動二輪車の運転者が、自動車と接近、並進する状態となつた場合に、走行の安全を求めて路側帯、更にはより西側の本件土盛部分及び本件鉄板製蓋上を通行することも運転者の心理としては無理からぬものがあるといわざるをえないし、またそのような事態が生ずることも道路管理者において十分予想しうるところであるから、原告が法令に違反した通行方法をとつたからといつてそのことから直ちに道路管理者の通常予想できない行動であるとして非難することはできない。

次に、被告は、被告の主張2(二)掲記の理由により、本件事故発生前においては本件鉄板製蓋上を北進する車両はなかつた旨主張する。

確かに、前記長崎が昭和五二年四月一日に高松国道維持出張所長に着任して以降、本件事故発生までに、本件と同様の事故が発生したという報告を受けたことはなく、また付近住民から本件無蓋部分が危険であるという苦情が寄せられたこともなかつたことは、前記認定のとおりである。

しかしながら、本件路側帯の幅員は、前記のとおり車道外側線の幅を除けば約〇・七メートルであるところ、路側帯を通行する自動二輪車にとつては(法令上自動二輪車は路側帯を通行することを禁止されていることは前記のとおりであるが、それを一概に非難しえないことは前記説明のとおりである。)必ずしも十分であるとはいい難く(ちなみに、<証拠略>によれば、本件自動二輪車の幅は〇・六五メートルであることが認められる。)、車道を通行する自動車と並進することとなる場合同車両との車両間隔を保つ上においては、路側帯の西側の本件鉄板製蓋を置いていた本件側溝上を通行する可能性は十分考えられること(現に、本件事故発生前に付近住民から歩行者の安全確保のため歩道設置の要望が出ており、本件事故後に本件側溝を改修してコンクリート製蓋を載置し歩道兼用としていることは、前記認定のとおりである。)、また本件無蓋部分の北側に存する歩道縁石及び信号柱の位置は、前記のとおり、本件無蓋部分の南北方向の中心線よりやや西寄りに位置するから、必ずしも北進不可能な障害物であるとはいえないこと(本件無蓋部分の西側に存する鎖付きポールは所在位置からして本件鉄板製蓋上を北進することが可能かどうかの問題とは無関係である。)、更に、証人長崎稔の証言も「本件事故以前に本件側溝上を自動車とかオートバイが走行していたかどうかについては見なかつたという方が多いように思う。」というものであつて、はつきり見なかつたとは断定しておらず、また仮に同人が見なかつたとしてもそのことから直ちに本件事故以前に本件鉄板製蓋上を通つて北進する車両がなかつたと断定することはできないこと(ちなみに、前記のとおり同人が高松国道維持出張所長に就任したのは昭和五二年四月一日であるから、同人の右証言は同日以降のことに限られる。)、また前記のとおり本件事故発生前において本件道路を買物等のために自動二輪車で何回か通行したことのある原告の「本件鉄板製蓋上を通行したのは本件事故の時が初めてであつて、それまで本件事故現場付近を通つていて本件鉄板製蓋上を走行しなければ危いと思うようなことはなかつた。」旨の供述も、そのことからだけでは直ちに他の通行車両も本件鉄板製蓋上を通行したことがないと推認することはできないことなどに鑑みれば、本件事故以前に本件鉄板製蓋上を北進する車両がなかつたとは断じ難いところである。

更に、被告は、本件道路は見通しがよい上、本件無蓋部分の北方及び西方に物理的に北進不可能な障害物(縁石、信号柱及び鎖付きポール)が存在し、これらの障害物は、相当手前からでも容易に発見しうる状況にあつたのであるから、自動二輪車を運転して本件道路を通行する者が安全運転のために当然払うべき通常の注意義務を怠らない限り、本件無蓋部分へ転落することはまず考えられず、道路管理者としては本件事故は通常予想しうるところではなかつた旨主張する。

確かに、本件事故現場付近の見通しがよいことは前記認定のとおりであるが、しかし経験則上一般に自動車の運転者の視線は路面上よりはむしろやや上方の地点を注視するのが通常であり、しかも、前記(三)前段に説示のごとく、本件事故当時、自動二輪車の運転者等が本件鉄板製蓋の区間が前記歩道縁石まで続いているものと誤信しても無理からぬ状況にあつたことが認められること、前記検証の結果によれば、本件事故現場付近の本件道路を北進してくる自動車の運転者が北方を見通す場合、相当接近しなければ本件無蓋部分を発見することが困難であることが認められること(検証調書添付写真1ないし3参照。ちなみに<証拠略>によれば、本件自動二輪車の高さは一・一八メートルであることが認められるから、原告の視点の位置は、右写真の撮影者の視点よりはやや高いもののそれ程違いはないものと認められる。)などに照らせば、本件におけるがごとく側溝上に無蓋部分はないものと信じて進行したような場合には、たとえ前方の見通しがよくとも相当接近するまで本件無蓋部分の存在に気付かない場合もありうるものといわざるをえず、したがつて本件事故が道路管理者において通常予想し得ない事故であるとまではいえない(もちろん、後記四に説示のとおり、原告にも前方不注視の過失があることは否定しえない。)。

また、前記説示のとおり、本件無蓋部分の北方に存在する歩道縁石及び信号柱は必ずしも北進不可能な障害物であるとはいえないから(前記のとおり西側に存する鎖付きポールは北進可能かどうかの問題とは無関係である。)、いずれにしても被告の右主張も採用できない。

被告は、本件無蓋部分の構造、場所的状況からして、本件土盛部分又は本件鉄板製蓋の北端に防護柵又は警告の標識を設けなければ、道路交通上死傷に至る事故の発生する危険性が高いとは社会通念上認められないばかりか、防護柵の設置によりかえつて危険を招く状況であつた旨主張する。

しかしながら、本件道路及び側溝はその構造及び場所的状況に照らし、通行者が本件無蓋部分に転落して死傷する危険性を内包していたものといわざるをえないことは、前述したとおりである。なるほど、被告が主張するように、防護柵を設置することによりかえつて危険を招く可能性があることは否定しえないが、そうであるならば警告の標識を設置するなり、本件鉄板製蓋を撤去せしめて無蓋部分の区間を長くして通行者に対しその存在をはつきりさせる(被告も遅くとも昭和五二年七月には本件鉄板製蓋が被告に無断で存置されているのを認識した旨自認している。)など他に容易に転落防止の措置をとることができたものといわざるをえないから、被告の右主張は採用しえない。

なお、被告は、道路管理者が設置すべき道路標識は「道路標識、区画線及び道路標示に関する命令」(昭和三五年一二月一七日総理府建設省令第三号)に定められているところ、その中には、「側溝が無蓋であることを教示する」道路標識はない旨主張するが、たとえ法令上の根拠はないにしても、道路交通の危険防止の上からその必要性があればこれを設置しなければならないことは明らかであるから、右主張も採用しえない。

3 以上検討してきた本件道路及び側溝の位置、形状、構造、場所的環境及び利用状況その他諸般の事情を総合的に考慮すれば、本件無蓋部分が存在し、かつ右部分への転落防止設備のない本件道路及び側溝は営造物として通常有すべき安全性を欠くものといわざるをえない。そして、本件事故は、後記四の過失相殺の項で説示するとおり、原告の過失によつて発生した部分が大きいことは否定できないが、他方、右のような本件道路及び側溝の瑕疵に起因することもまた否定できないから、被告は国家賠償法二条一項により原告が被つた後記損害を賠償する責任がある。

三 損害

1 付添介護費

前記一の認定事実によれば、原告は本件事故以来生涯にわたり常時介護を要するものと認められるところ、その費用は現下の経済情勢等に鑑み、一日金二五〇〇円をもつて相当とする。

ところで、<証拠略>によれば、原告は大正一二年二月一二日生れで本件事故当時満五七歳二か月の男性であることが認められるところ、<証拠略>によれば、平均余命年数表(厚生省第一二回生命表)による五七歳の男性の平均余命は一七・四〇年であることが認められる。

そこで、原告の余命を一七年として右費用を新ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当時の現価を算定すると、次の算式により金一一〇二万〇一七一円となるから、これが付添介護に関する原告の損害である。

2,500円×365×12.0769(新ホフマン係数)=11,020,171円

2 逸失利益

原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和三八年九月ころから高松ブラザーミシン販売会社の販売外交員として勤務するかたわら、妻と共同して農業を営み、約八反歩の田を耕作していたが、昭和五四年一一月から約七〇日間胃潰瘍で入院した後療養中で、昭和五五年から再び勤務につく予定にしていたところ、本件事故が発生したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかるところ、原告は右販売外交員として月平均約一五万円の収入(歩合制)があり、また農業に従事することにより約一五〇万円の年収をあげていた旨供述するが、原告の右供述を裏付ける客観的な証拠はなく、かえつて<証拠略>のうち弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる請求者記入欄によれば、原告は標準報酬月額は一〇万四〇〇〇円である旨記入していることが認められること、また、農業収入は家族の労働の寄与分も収益の一部となつているから、本件においても妻の寄与分を控除すべきこと(寄与率は必ずしも明らかではないが)などを考慮すれば、原告主張の昭和五三年度賃金センサス男子労働者「学歴計」の五五歳ないし五九歳の賃金(年収三〇五万四九〇〇円)と同等の収入がえられる蓋然性は低いというべきであり、むしろ同賃金センサス男子労働者「小学・新中卒」の五五歳ないし五九歳の賃金を基準とするのが相当である。そして、<証拠略>によれば、右基準による年収は二五五万一九〇〇円であることが認められる。

ところで、<証拠略>によれば、原告は本件事故によつて労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと認められるところ、経験則上原告は本件事故がなければ六七歳までの一〇年間は就労可能であつたものと認めるのが相当である。

そこで、原告の右就労不能一〇年間の年収を新ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当時の現価を算定すると、次の算式により金二〇二七万四五九〇円となるから、これが原告の逸失利益となる。

2,551,900円×7.9449(新ホフマン係数)=20,274,590円

3 慰藉料

本件事故の態様、後遺症の内容・程度その他本件に顕われた一切の事情を斟酌すれば、原告が本件事故につき後遺症の慰藉料として請求しうべき額は金一〇〇〇万円をもつて相当と認める。

4 よつて、原告の損害は右1ないし3の合計四一二九万四七六一円となる。

四 過失相殺

前記認定の事実によれば、原告においても後方から普通乗用自動車が接近して来たのに気付いた時点で、減速、停車するなどすれば、容易に本件事故を回避することができたにもかかわらず、また、原告は、本件無蓋部分の手前約一〇メートルの地点付近に差し掛つた際、自己の進行方向の信号機の表示が青色から黄色に変つたことを認識していたというのであるから、原告は道路に表示された停止線の手前(南方)で停止すべきであり、仮に原告が路側帯を通行していたとしても右は遵守されるべきものであつて、原告においてこれを遵守し右停止線手前(南方)で停止していたとすれば、その北方にある本件無蓋部分に本件事故のごとき態様で本件自動二輪車が転落することはありえず、本件事故を防止しえたにもかかわらず、右停止線の存在を無視し敢えて停止線を越えて本件無蓋部分北側にある国道一一号バイパス南側歩道の歩道縁石沿いに停止しようとして漫然と時速約二〇キロメートルで進行し、しかも後方の車両に気をとられて前方注視を欠いたため本件事故に至つたことが認められるから、本件事故について原告に過失があることは否定できない。

そうすると、原告の損害賠償額を算定するについては、公平の見地から原告の右過失を斟酌するのが相当であるが、右過失の態様からすれば、本件事故の原因は、原告の右過失によるところが大きく、過失相殺の割合は九割とみるのが相当である。したがつて、被告は原告に対し前記三4の損害から九割を減じた金四一二万九四七六円(円未満切捨)についてその賠償の責を負うべきである。

五 弁護士費用

<証拠略>によれば、原告が本訴の提起追行を原告訴訟代理人に委任し、その着手金として金三〇万円を支払い、かつ、報酬の支払約束をしたことが認められるところ、本件事案の難易、審理経過、認容額等を考慮すれば、本件事故と相当因果関係を有するものとして被告に請求しうべき弁護士費用の額は金四〇万円と認めるのが相当である。

六 以上の次第で、原告の本訴請求のうち合計金四五二万九四七六円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五五年四月二二日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから右の限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言及び同免脱宣言につき同法一九六条一項、三項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅浩行 井上郁夫 角隆博)

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